爪
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次の問の答えを考えてみて欲しい。
「この世で最も脆いものは何か?」
少なくとも1分以上考えてから続きを読んでいただきたい。
これを読んだ諸君の答えは実に様々だろう。抽象的な概念を考えるものもいれば、具体的な物体を想像するものもいるだろう。若し私がその問に答えるならば答えはこうだ。
爪 ― 特に友人Tのそれは最弱である。
私は陸上を長年続けてきた。そして今も続けている。先日の練習中に、T君は走りながら足の痛みを訴えた。
「いかがなされた、T殿。」
私は心配して駆け寄った。どうやら足の親指の爪が痛いらしい。陸上をやっていて膝や腰を痛めることは枚挙に暇がないが、爪をいためたという事例は初耳であり、小学校の入学式に匹敵する新鮮さを感じずにはいられない。それと同時に、あり得ないことでもないと思った。
爪をどう痛めたのかを説明しよう。本来、爪という物は緩やかなアーチを描きながら指を包み込むように優しくフィットしている状態にある。しかしながら、T君のそれは最早優しいフィット感などとは遥かにかけ離れた状態に陥っていた。爪の先端部分が指から大きく剥離してしまっていて、爪と指の間から隙間風が頬を伝って心地よく流れ落ちる程の間隙が顔を覗かせた。
可及的速やかに適切な処置が必要だ。私はまずガムテープがそこら辺に放置されているのに目がとまった。
「これしかないッ!!」
私は筋肉の伸張反射を利用してガムテープを瞬時に拾い上げ、小片をちぎり取った。これは偉大なる日本人の発明、布ガムテープに違いない!!! ちぎり易さを極限まで高める事に成功し、切り取り線をも凌駕した偉大なる大発明なるぞ!!! だがそんなことがどうでも良いのは当たり前田のクラッカー。Tの爪の剥離を食い止めろッ。防波堤を張るんだッ。私は親指をぐるりと巻き込むように爪をテープで固定した。勿論、テープの爪に当たる位置には粘着力は必要ないので、そこにテープの小片を裏返しに張る。ここまでの作業は僅か0.002秒。
完璧だ。居合わせた誰もがそう思った。そして既にガムテープに包み込まれた親指の触感は人間の親指のそれとは思えぬものとなった。
「さあTよ。靴下を履き、そして靴を履くが良い。」
次の瞬間、実際は施術が完璧ではなかった事を誰もが思い知らされる事となった、T君の言葉によって。
「うわー、余計に痛いねんけど。
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